爆笑の健康診断と、涙の運動会
保育園時代の手厚いサポートから一転、親の出番やプリントの数が爆発的に増える小学校生活。
シングルマザーとして仕事と家事、そして育児のすべてを一人で回す日々は、毎日が時間との戦いでした。漢字ノートの「夜の修行」が少しずつ習慣になり始め、ようやく新しい生活リズムに慣れてきた頃、小学校生活最初の大きな行事、そして最大の難関(?)がやってきました。それが「春の健康診断」です。
1. 小学校最初の難関は、前夜から始まる「検尿」でした
健康診断の項目の中で、前日の夜から我が家に独特の緊張感をもたらしたもの。それが「検尿」です。
「明日の朝一番のおしっこを、この小さなカップに入れるんだよ。絶対に忘れないでね」
寝る前にそう言い聞かせると、息子は明日の大仕事に向けて、かつてないほど「ピキーン!」と気合の入った顔で布団に入りました。まるで重大なミッションを任されたスパイのようなその横顔がすでにおかしくて、私はひとり布団の中で肩を震わせていたのですが…
それは、翌朝に巻き起こる大騒動の、ほんの序章に過ぎませんでした。
2. 朝のトイレは、怒号と爆笑の戦場
そして運命の朝。気合が入りすぎたのか、いつもよりシャキッーンと目覚めた息子を連れて、いざトイレへ出陣です。
文字で書けば「採尿する」というたった数文字の作業ですが、仕事へ向かう前の慌ただしい朝の時間帯に、小学校一年生の男の子と挑む現実はそんなに甘くありません。
便器の前に立ちションスタイルで仁王立ちする息子。その横で、私は小さな紙コップを手に、スポーツの監督さながらの真剣な顔で指示を出します。
「いい? 最初のは少し出して……はい、今! 一旦止めて! 止めて!!」
私の「怒号」にも近い指示に、息子の顔は一気に必死の形相に変わりました。しかし、人体の構造上、一度勢いよく出始めたものはそう簡単には止まりません。
「ううう……ッ!」
顔を真っ赤にして必死に止めようと踏ん張るものの、おしっこは無情にも止まらず、ただただ顔のパーツだけが顔の中心に寄っていくようなものすごい表情になっているのです。
その「必死すぎる顔」が、私のツボに完全にハマってしまいました。
「ママ、笑わないで! あと少しでおしっこなくなっちゃうよ!」
焦る息子。笑いすぎてプルプル震える手で、なんとかカップを支える私。「一滴たりともこぼしてなるものか」と、今度は私が必死な顔でスポイトを使ってプラスチックのボトルに移し替える姿を見て、無事にミッションを終えた息子が、やり返さんとばかりに大爆笑し始めました。
仕事に遅れまいとピリピリしがちな朝のトイレは、あっという間に最高のコメディ会場へと変わりました。
そしてもうひとつ、昭和の時代から続く「ギョウ虫検査」の青いシールも忘れてはいけません。
朝一番、まだ寝ぼけ眼の息子のパンツを下げて四つん這いスタイルへ。
あのバリバリと硬いシールを容赦無く肛門にギュッと押し当てる。「いたっ!!」と跳び上がる息子のリアクションを見て、またしても私は大爆笑。
親としてどうなんだろうと自分でも思いながらも、一度ツボに入った笑いは止まりません。でも今思えば、こうした息子との「くだらない爆笑の時間」こそが、仕事と子育てのプレッシャーで張り詰めそうになる私を、一番救ってくれていたのだと思います。
誰かと大きな声で笑い合える朝があるだけで、「よし、今日も一日なんとか頑張ろう」と、不思議と力が湧いてくるのでした。

3. 拳を握りしめて泣いた、運動会前のリレー選手選抜
爆笑の健康診断を経て、季節は移り変わり、次はいよいよ「運動会」の時期がやってきました。
小学校の運動会といえば、クラスのヒーローになれる「リレーの選手選び」が一大イベントです。走るのが好きだった息子はやる気満々で選抜テストに挑みましたが、結果は惜しくも落選でした。
その日、仕事を終えて18時半に学童保育へお迎えに行くと、いつも通りに「ママー!」と駆け寄ってくるはずの息子の様子が違いました。学校の正門を出た瞬間、急に立ち止まり、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めたのです。
「どうしたの?」
私がしゃがみ込んで顔を覗き込むと、息子は私の前で直立不動のまま、小さな拳をぎゅっと白くなるほど握りしめ、肩を震わせながら言いました。
「……リレーの選手に、なれなかった」
絞り出すような声は、ひどく震えていました。
午前中のわずか45分間の授業で砕け散ってしまった、小さな夢。そこから私が迎えに行くまでの約8時間、周りの友達が楽しそうに遊ぶ中、彼はたった一人でその悔しさに耐え、ずっとずっと我慢していたのです。
その健気な姿に、私は気の利いた言葉を探すより先に、着ていた仕事着がシワになることなどお構いなしに、強く彼を抱きしめていました。
腕の中の体はまだ小さかったけれど、悔しさを知ったその背中は、確実に昨日よりも大きくて、ちゃんとあたたかいものでした。

4. 悔しさを「明日への力」に変えて
帰り道、どうやってこの小さなプライドを慰めようかと、私の頭の中はフル回転でした。
「よし、今日の夜は特別に外食に行こう!」
大好きなメニューを前に少し笑顔を取り戻した息子に、「たくさん食べて、もっと体を大きくしよう!」と励まし、私たちは二つの約束をしました。
一つは、「来年の運動会に向けて、これから1年間、一緒に特訓すること」。そしてもう一つは、「今年は応援団として、選ばれたクラスの選手たちを誰よりも力一杯応援すること」。
自分が選ばれなかった悔しさを飲み込んで、仲間にエールを送る。それは走るよりもずっと難しいことかもしれませんが、彼ならきっとできると信じていました。

5. 運動会のお弁当、私流の「手間抜きが正解」
そして迎えた運動会当日。真っ白に洗い上げたピカピカの体操服を用意し、母としてのもうひとつの大仕事、「お弁当作り」のスタートです。
お弁当の主役といえば定番の唐揚げですが、朝の忙しい時間に少ない油で素早く仕上げたいので、鶏肉はあえて小学一年生の一口サイズに小さくカットします。
こうすることで衣の粉も少なくて済みますし、何より火の通りが早い。お弁当箱にも隙間なく詰めやすくて、子どももパクッと食べやすいのです。見栄えのする大きな唐揚げにしなくても、今日の主役は息子です。彼の「食べやすさ」を最優先に考えました。
卵焼きとウインナー、ハンバーグは前日の夜に仕上げて冷蔵庫へ。当日の朝はレンジで温め直して詰めるだけ。
彩りに欠かせないブロッコリーも前日に茹でて冷凍しておけば、当日は保冷剤代わりにお弁当箱へそのまま詰められます(冷凍ブロッコリーの活用は本当に便利で、何度も助けられました)。
息子がトマト嫌いだったので赤色の彩りはブドウやりんごなどのフルーツで補い、【一番傷みやすいおにぎりだけは朝イチで握ってしっかりと冷ます時間を確保する】これが、試行錯誤の末に行き着いた私のお弁当のルーティンでした。
シングルマザーだと、「父親がいない分、お弁当くらいは豪華にしてあげなきゃ」と、なぜか気合を入れて品数を増やし、一人で勝手に無理をしてしまいがちです。
でも、子どもが「おかずの種類が少ない!」と文句を言うことはまずありません。彩り豊かなプロのような詰め方や、多種多様なおかずは、どちらかといえば「ちゃんとした母親でいたい」という作り手側の自己満足。そしてその自己満足が、いつの間にか自分自身への重いプレッシャーになっていたりするのです。
私が心がけていたのは、「効率よく作れて、絶対に残さない量」のお弁当にすること。
お弁当箱が空っぽになって、息子が「美味しかった!」と満足してくれれば、それで十分なのです。
これから先も、遠足に校外学習、スポーツの大会と、お弁当の出番はまだまだ続きます。
もし「お弁当作りが辛い、大変だ」と感じたら、【種類を減らす、量を減らす、手間を減らす】この3つの「削減」を思い切って試してみてください。今のうちに自分なりの「手間抜きルール」を見つけておくと、無理なく笑顔で続けられ、この先の子育てがぐっと楽になりますよ。

6. 応援する背中も、ヒーローだった
早朝からのお弁当作りに始まり、グラウンドでの場所取り、砂埃の中での写真撮影、そして大きな声での応援。親にとっても目まぐるしく過ぎる一日でしたが、私の目に焼き付いているのは、息子の頼もしい姿です。
約束通り、一生懸命に自分の背丈ほどある大きな旗を振り、声を枯らして仲間を応援する息子の背中は、グラウンドを駆け抜けるリレーの選手たちに負けないくらい、立派な「ヒーロー」のものでした。
帰り道、空っぽになったお弁当箱の入ったリュックを背負って歩く息子は、やり切ったような、少し誇らしそうな顔をしていました。私はその後ろ姿を見つめながら、またこっそりと涙をこらえました。
子どもって、親が思っているよりもずっとたくましく、こんなにもあっという間に強くなる。その事実に気づくたびに、成長が嬉しいような、手が離れていくのが少し寂しいような、なんとも言えない不思議な気持ちになります。
親も子も、不器用に泣いて、お腹を抱えて笑って、そうやって一緒に少しずつ強くなっていく。
シングルマザーの小学校生活は、まだまだ始まったばかりです。
そして今日も、ちょっとくだらなくて、でも最高に愛おしい「ネタ」が、我が家のどこかで生まれているはずです。
あの日、学童の門の前で拳を握りしめて悔し泣きをしていた小さな男の子も、今ではすっかり大きくなり、来年の春からはいよいよ社会人として新たな一歩を踏み出そうとしています。あのドタバタで愛おしい日々が、間違いなく、今の私たち親子の土台になっています。
厚木市議会議員:望月 真実(もちづきまみ)